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東京高等裁判所 昭和60年(う)1784号 判決

本籍

甲府市大手三丁目二番

住居

同市大手三丁目二番三九号

飲食業

松井正邦

昭和一三年一月二八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六〇年一一月二二日甲府地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので当裁判所は、検察官土屋眞一出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は弁護人新野慶次郎、同渡邊和廣連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官土屋眞一名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は要するに、原判決の量刑は一六〇〇万円もの罰金を併科した点で、重過ぎて不当であるというこである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、飲食業を手広く営む被告人が、その所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどして所得を隠匿したうえ、昭和五六年分の所得税額のうち二〇三四万一七〇〇円の、同五七年分の所得税額のうち一六三七万四五〇〇円の、同五八年分の所得税額のうち一三九一万三〇〇〇円の各所得税を免れた、というものであって、その総額は五〇六二万九二〇〇円に達し、その平均逋脱率は七四パーセント強に及んでいるのであるから、被告人の刑責は軽視するすることができない。したがって、他面において、被告人が右三か年の所得税、県・市民税、事業税及び源泉所得税並びに重加算税合計九八二七万七七四八円のうち八二七四万五七三四円を支払いずみであり、不正の手段で得た利益は被告人の手元に残っていないのみならず、滞納分の税金を支払うためになお自己所有の土地・家屋を売却しなければならない情況に至っていること、その他所論指摘の諸事情を考慮しても、被告人を懲役一〇月(三年間執行猶予)及び罰金一六〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 裁判官 小田健司)

○ 控訴趣意書

被告人 松井正邦

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六一年一月二七日

右弁護人 新野慶次郎

同 渡辺和広

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一 被告人の脱税の事実については異論はないが、刑の量定については以下に述べる如き事実及び理由をもって承服できないものである。

二 はじめに、被告人は昭和五六年から同五八年までの三ケ年の所得税、県・市民税、事業税及び源泉所得税、合計金七三、八六一、一五〇円の脱税をなし、その結果、同人は上記脱税額に対する重加算税等を含め、総額金九八、二七七、七八四円の支払請求を受けた。これに対し被告人は現在までに、未納税額金一五、五三二、〇五〇円を残し、金八二、七四五、七三四円をそれぞれ納税期限までに支払った。

以上の金銭の支払にあたり、被告人は甲府信用金庫本店より、金八八、〇〇〇、〇〇〇円の借入れをするとともに、上記未納税金については、山梨県甲府市所在の土地家屋を売却した上でそれらの代金をもって支払に充当すべく、現在右土地・家屋を売りに出している。

このように、被告人は自己の過去の行為を反省し、請求を受けた金額を完済すべく、全力を尽くしている。

三 ところで、所得税法第二三八条は懲役刑と罰金刑の併科を認めているが、その趣旨には、不正の手段で得た利益を被告人の手元に残さないという一面があるものと考えられる。本件の原判決においても、一〇月の懲役刑と一、六〇〇万円の罰金刑が併科されているが、被告人はすでに行政罰たる重加算税等を請求されこれらを大部分納めており、もはや不正の手段で得た利益は同人の手元に残っていないばかりか、自己所有の土地・家屋を売却せねばならない状況にまで追いつめられている。

以上の点を考えると、すでに被告人は行政罰のかたちで十分な制裁を受けているものであり、さらに一、六〇〇万円もの罰金を科するのは量刑が重きに過ぎると言わざるを得ない。

四 次に、本件犯行に至る動機は、被告人が、幼少時経済的に恵まれなかったため、子供達には十分な生活をさせてやりたい、また、同人の経営をなんとか拡大したいと懸命になったためであり酌むべきところが多い。

また、本件犯行態様は、たまたま税理士から聞いた、ラーメン屋の粗利益率は約六五パーセントであるという数値をもとに売上除外をなしたものであり、このような操作は、仕入先を調べることで簡単に発覚してしまうことからも幼稚な手段と言わざるを得ず、犯行態様の悪質さは高度のものとはいえない。

五 さらに、被告人は現在、自己の営業を会社組織にし、経理の適正化を推進すべく準備中であり、再犯の虞れはない。

六 以上の点から、原判決は量刑不当により破棄されるべきものと思料する。

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